借金で自死それからの20年

更新日:

実家は運送業で数台のトラックを所有し父が経営をしていました。

私も高校を卒業すると同時に、家業を継ごうとトラックの運転手として父と一緒に働きました。

携帯電話が普及し始めた頃で高額でしたので、父と私はトラックで配送中は無線で連絡を取り合っていたそんな時代です。

運転手から事務職となった入社して7年目、バブル崩壊の1991年頃から徐々に経営が悪化していきました。

黒字経営だった会社が赤字に転落すると、毎月のように借金ばかりが積もっていったのです。

当時流行っていた商工ローンという事業者向けの消費者金融のようなところからも借入をしていました。

借金で自死あれから20年

亡くなった父の借金は事業資金の借り入れでした。
スポンサーリンク

借金で自死、それからの20年。

会社が赤字に転落した時点で、すぐに会社を畳めばよかったのですが、父親一人の会社ではありません。

そこには従業員がいて、それぞれの従業員には家族がいます。

また傭車(ようしゃ)といって、下請けの業者もいました。

そうすると尚更、単に赤字だからと言って簡単に経営を諦めるわけにはいきません。

それよりも、どこの中小零細企業もそうだと思いますが、父もとにかく今を頑張って乗り切り、何とか借金を少しでも減らしていこうといった前向きな気持ちで仕事をしていました。

連鎖倒産。

毎月の赤字経営で膨らむ負債は、そばで事務をしていた私にも深刻に思えました。

事業資金のやり繰りを相談されたことはありませんでしたが、父は銀行はじめあらゆる金融機関へ時間の許す限り融資の相談に出向いていました。

借金を返済し、従業員に給与を支払えば身内の給与に事欠くような経営状態が続きました。

会社で負担しなければならない厚生年金などの各種支払も滞り、法人税さえ滞納してしまうような状況が1年半ほど続いていました。

そしてまさかと思っていた、いちばん大きな主要としていた取引先が倒産してしまったのです。

会社はその影響をもろに受けて、トラックを稼働させることもできず車庫に留まったままとなりました。

既にどんなに金策に奔走しようとも借金の返済は追いつかず、加えて従業員の人件費に圧迫され連鎖倒産という形となってしまいました。

やむなく従業員も全員解雇となり、下請けの傭車も切ることで会社を閉鎖しました。

10数台あったトラックは二束三文の金額で、借金の担保として商工ローンに差し押さえられました。

金融機関から借金の督促電話

父の自死。

その後もあらゆる金融機関から借金の督促電話や、催促が自宅にあり直接取り立てにくる業者もいました。

中でも商工ローンは、毎日プレッシャーをかけるかのように取り立てに来ていましたので、家族は精神的に参ってしまいました。

それでも10年近く父と一緒に働き、会社が借金の返済で苦しい時でも頑張って来た姿を見てきていましたので、今回も何とかしてくれると思っていました。

倒産後も借金の返済と金策に明け暮れる父でした。

そういう姿を見てきましたので、借入の予定や今後の見通しを聞くのは逆に焦らせてしまい精神的なプレッシャーになると考えて、特別に何か具体的に相談することもなく信じて見守るしかなかった矢先でした。

夜遅く帰宅すると、父は自分の部屋で首を吊って自死してしまいました。

第一発見者となった私。

部屋に入るなり腰が抜けるほどうろたえました。

奇声に近い叫び声を上げていたかもしれません。

その声を聞いて駆けつけてきた母を、無意識のうちに部屋に入れないように必死でした。

テレビドラマでしか見たことのない光景が目の前で起きていて、ドラマとは違い首は伸びきってしまっていて、唾液や体液が流れ出していました。

とにかく母に、首を吊っている状態を見せられないという気持ちばかりで、父を天井から下ろすことしか考えていなかったと思います。

部屋の外にいる母に、「いま入ってくるな!」と怒声を上げた記憶があります。

無我夢中でロープをほどきました。

少し苦しそうな表情が残っていて、今でもよく思い出します。

そして床に抱えて下ろそうとすると、硬直しているからかもの凄い重量を感じ支えることができず、床に投げ出す感じになってしまい、そのままうつ伏せになっている父を、精一杯のの力で仰向けにひっくり返しました。

絨毯に、血と唾液と体液が入り混じって沁み込んでいる異臭のする中、部屋の外の母を呼びに一度外に出ました。

母は、何が起こったのか察したようで、膝を八の字にして廊下にしゃがみ込んで泣き崩れていました。

その後はどういう手順を踏んだか記憶が定かではないほど気が動転しながらも警察と救急に連絡をしました。

遺書のない自死遺族として。

しばらくして警察が駆けつけてきました。

部屋に争った形跡もなく、どう見ても状況は自死にしか見えませんが、一応捜査をしました。

幾つか質問された覚えはありますが応えたかどうか記憶になく、ただぼんやりと「捜査ってこういうものなんだ」と見つめていたと思います。

警察が相談しながら探しているのは遺書のようでした。

ですが遺書は見つからずに、状況が状況なだけに最終的に事件性なしと結論付けられました。

遺書があってもいいと思いますが、どういうわけか父は遺書を書かずに自死をしたのです。

その「どいうわけか」という謎が、後の私を自死遺族として必要以上に苦しめられました。

父が自死を計った原因は、多額の借金返済に追われたことによるもの・・・なはずです。

この「はず」に苦しまされました。

自死遺族の苦しみと借金。

身内の自死で家族はしばらく茫然としていましたが、葬式などが忙しく悲しんでいる暇はありません。

ですが、親せきなどが帰って行くとかなり寂しくなるものです。

私は葬儀の最中も、その後しばらく「なぜ自死を選んだのだろうか?」という本当のことを知りたいという気持ちに悩まされました。

遺書を残さずに逝ってしまった父の「自死の理由」の真実を知る術がないにも関わらずです。

それはいわば父親の自死を受け入れようにも、頭の中では借金が原因だということは理解できていても、それが真実でいいのかという或る種の自問になってしまったのです。

もともと責任感の強い人柄でしたので、返済(金策)が苦しくても自己解決させようと家族には相談しないでいました。

自分が借金返済に窮して家族を不安にさせているという事が許せなかったのだと思います。

頑張ってもどうする事も出来ない返済で、借金ばかりが増えていくことになり、少し精神的に病んでしまっていたのかもしれません。

父の自死をそういう憶測でしか語れない、釈然としない気持ちに長年苦しまされてきました。

いずれにしても言い訳になりますが、もう少し早く苦しみに気づいて相談にのってあげるべきだったと思います。

自死遺族としての結果論と後悔。

自死遺族の結果論と後悔

もちろん身内(人)が1人亡くなったのですから暗い気持になるのは当たり前ですが、だからと言って病気で亡くなったのとはわけが違います。

やはりネガティブな空気が漂いなかなか抜けることがありませんでした。

あれから何十年という時間は経ちましたが、私は未だに当時の思い出を夢で見ることがあります。

第一発見者となってしまったことがトラウマにもなっています。

もちろん様々な思い出があり、悪い思い出ばかりではありません。

しかし、どんな良い思い出があったとしても、最期が自死となるとやり切れない思いでいっぱいになるものです。

これは結果論であり後悔ですが、どんなに悔んでも最後は「苦しみに気づいてあげられなかった」となるのですが、できれば生前に借金の苦しみを相談して欲しかったと思っています。

もしかしたら、何か良い案があるかもしれなかったからです。

相談することができていれば遺書も残したであろうしと・・・やはり病んでいたのか?と終わりなき思考のループが何十年も続きます。

その後、借金について調べてみました。

返済に窮していれば債務整理をする方法もあったと思います。

会社であれば再生手続きを行うことで、債務を大幅に減らすことができ借金の返済もかなり楽になったのではないかと思います。

もし、借金問題で悩んでいる人がいれば、責任感が強い人でも自ら命を絶つことを考えずに生きることだけを考えてもらいたいです。

「返済できる=生きる」「返済できない=命を絶つ」の2択ではないです。

人はいずれ命を終えるわけですから、死を急ぐ必要はないはずです。

もちろん、味わったことのない借金苦が続くことは生き地獄だと思います。

ですが、遺族の立場からすれば、父が自ら命を絶ったからといって借金がなくなるわけではありませんでした。

むしろお金の悩み以上に、何十年もトラウマと後悔、やり切れない気持ちに苦しめられてきました。

何も良いことはありませんでした。

プライドを捨てて借金の相談をしてみて下さい。

世の中には、多額の借金を抱えたまま身内を亡くした方もいると思います。

やりきれない気持が遺族にはあるはずです。

多重債務問題は、弁護士や司法書士にお願いすることで相談することができます。

会社の事業資金のような多額の借金であれば弁護士に相談した方が、関係法令にも詳しいと思いますのでそちらをお勧めします。

結果的に債務整理をすることで、その後の生活で金銭的な不自由があるかもしれません。

もし自己破産をする場合ならば、財産は残らない可能性が多いです。

ですが、お金はまた稼げばよい事です。

生きてさえいれば必ず良いことがあります。

借金相談をする場合には、相談だけであれば無料で行ってくれるところが多いです。

無料で借金の相談ができ、救われる命があるとすれば素晴しいことです。

あれから20年が経ち、私は運送業を再興させました。

最初に会社に入社し連鎖倒産し、社長であった父の自死を見届けて20年が過ぎようかという時に、勤めていた運送会社の下請けとして会社を再興させました。

妻もトラックドライバーでしたので理解がありました。

それから数年、来春には今度は私の息子が会社に入ってきます。

喜ばしいことと同時に、当時の自分の面影と重なり自死遺族として辛い思いをしてきた20年の1つひとつの光景が、風化することなく思い浮かびます。

借金自死遺族の20年

人はいつどこで、どう転ぶか分からない。

それが、遺書も残さずに自死を選んだ父に対する私の答えです。

今のところ会社の経営は順調です。

多少の借り入れもしていますが債務超過に陥らないようには重々気をつけて経営をしています。

また自らの後悔と同じ気持ちを息子や妻にさせないように、会話の時間だけは多く作っています。

自分の配偶者や自分の兄弟が悩んでいないか確認することが大事だと思うのです。

それは、普段から会話をしていると、どのような状態なのかが分かりやすくなるので相談しやすい雰囲気にも繋がります。

もしかしたら、あの頃はあまり相談しやすい雰囲気でなかったのかもしれません。

父のような責任感の強い人、プライドの強い人が悩んでいたら、借金をしたことに対してあるいは返済できないことに対して責めてはいけません。

余計に追い込んでしまいます。

あの頃に戻れるならば・・・

お金の問題は弁護士に相談することで解決することができることを、父に知らせてあげたいです。

そして債務の返済が困難で「生きるか、自ら命を絶つ」の2択であれば、迷わず「生きる」を選んで欲しい。

自ら命を絶つ方法を選べば、残された家族は確実に暗くなります。

ともしびが消えたように暗い毎日を過さなければなりません。

借金が原因で家族のともしびを消してしまわないように、まずは相談、会話からです。

匿名無料の借金相談(全国47都道府県対応)

今はインターネットの便利さを利用して24時間47都道府県どこからでも多重債務問題の解決に向けた借金相談ができる時代です。

平成20年以降、多重債務件数が減少した要因のひとつは、スマホの普及によって専門家への相談機会が増えたことです。

借金返済に困っていたり債務整理をご検討中の方で、匿名の無料相談をご希望の方はこちらで相談してください。

街角法律相談所

街角法律相談所

全国47都道府県から【匿名・無料】で申し込めて、お住いの地域の近隣の弁護士や司法書士が借金返済の相談、債務整理、過払い金の相談に対応します。

借金減額シュミレーターも無料で利用できて、相談したその時からメール返信、翌日には担当の専門家による迅速な対応が始まります。

弁護士法人アドバンス

顧客満足度9割以上のアドバンスは専門のスタッフが24時間対応(不在時は即日対応)で、借金返済の問題や債務整理の無料相談を最新のLINEタイプのチャット方式・弁護士ナビで受け付けています。

司法書士、公認会計士、行政書士も抱える安心の弁護士法人です。

-借金|自死遺族の手記
-,

Copyright© 借金相談 無料jp , 2018 All Rights Reserved.